カテゴリー ‘ Magic

小学生15人に手品をしてきた

実家がマンションなのだが、そこの「6年生を送る会」という極めてローカルなイヴェントで、手品をすることに。
(JCMA行きたかったのだけれど、たまには親孝行。)

小学生、1年生から6年生までほぼ満遍なく合計15人ほど。
持ち時間1時間。

通常、マジックショーは長くても30分である。それ以上は見る側だって続かない。
そこで、科学系のマジックをいくつか演じながら、ついでに理科の講義をしよう、と計画した。

ちょうど数ヶ月前に、文系の友人に科学の講義をするという目的で、総量5時間分程度のレジュメを用意してあった。「五感と物理法則」「相対論と量子論」「数学的思考」「記憶と言語」「計算機科学概論」の5テーマ各1時間ずつである。小学生相手だと、前提となる知識量の差から、4倍から5倍の説明時間が必要と思われる。レジュメをしばらく眺めた後、「五感と物理法則」の中の、視覚と振動の話を選択した。固有振動を利用した念力の手品があるので、それを実演して見せ、そこから、電波の話、色の話に至れば面白いかなと。

まあそんな風に頭の中でイメージをして本番を迎えたわけだが、最初の15分ほどで計画は挫折。
振動のマジックが「他のもちょっと揺れてるじゃん」と突っ込まれ、その後いろいろと講義をしてみたもののどこまで理解してもらってるのか反応がなくなってしまった。

仕方なく普通の手品を2つほど見せて空気を作り直し。
その後は参加者に質問をさせて僕が答えるという一問一答形式にした。
10分おきくらいに適当に手品を挟む。講義の内容とはまったく関係ない。

その後は心地よく時間が過ぎてゆき、1時間はあっという間に終わった。
15人1時間程度なら一人でなんとかなる、という軽い自信を得るには至ったが、それにしても構成の出鱈目加減には自分でも頭が痛い。

もっとこう、構成のきちんとした演技をしたい。ラーメンズとか三谷幸喜とか好きなわけだし。

8月の大きな本番に向けて、準備を進めよう。

新春かくし芸2007

ビリヤード図解ビリヤードとかボーリングとか、あそこまでくるといくらなんでも確率要素が大きすぎる。ノーカットで3回連続成功させてくれれば見てるほうも納得するだろう。もちろんそれによって技の難易度は落ちるだろうが、編集でつぎはぎにされると、どうも盛り上がらない。
何テイク目で成功したのか、正直に表示したらどうだろうか。努力を称えるのが番組趣旨なら、3ケタとかでもそれはそれで拍手だし、1桁ならもちろんそれはそれで拍手。

ちなみに、真面目に物理を勉強した人か多少ビリヤードをかじった事のある人なら、ボールとボール(もしくはボールとピン)を接触させておくことによって、その前段階のコントロールは関係無くなる事を知っている。図で、ボールAがどんな角度でボールBにぶつかっても、ピンが飛んでゆく方向には関係が無い。(パワーの問題は大いにある。)

難易度を上げたように見せて、実はより簡単にする。決してインチキだと言うつもりは無い。エンターテイメントを考える人間にとっては常識である。

そんな中で、中国獅子はマジですごかった。なんだあれ。普通に運動神経がめちゃめちゃいいのだろうか。二人分の慣性力によって空中の安定度が増すのだろうかとか考えたが、謎である。
あと、北野武のタップダンスは普通にうまかった。座頭市でもふんだんにタップを取り入れていたし、もともとタップが好きな方なのだろう。

新年早々テレビ出演予定

1月1日0時45分のことを、テレビ業界では12/31 24:45と表記するそうです。
大晦日番組かと思ってたら、明けましておめでとうございますでした。
1時間半の番組の中で1分くらい出るはずですので、要チェック願います。

手品的には大きな失敗はしなかったけれど、いやしかしそれにしても。
面白いこと言うのって難しいなあ。
ていうか練習が足りないんですよね、ほんとすいません。

まあ、いろいろ勉強になりました。
普段お会いしないマジシャンの方々にもご挨拶出来て、それが普通に楽しかったし。

あ、日テレだよ。

出演予定

カトリック大宮教会フェスティバル(map)にて12:30~13:30.
4人で1時間やります。てんやわんや。

日付書き忘れた。22日、日曜日です。
フェスティバル自体は11:00開始です。軽食、喫茶、バザーがあるそうです。

M氏の結婚式に参列してきた

まだ僕が高校生だった頃に、たまたま見に行った手品の発表会で、M氏の演技を見た。

僕は当時それほど手品を知っていたわけではなかったので、そのときの10数人の出演者すべての演技が不思議であったし、新鮮であった。
そんな中で、僕はアンケート用紙の「印象に残った演技」の欄でM氏を選択したのを覚えている。なにしろ、ひときわ鮮烈だった。なにが?と聞かれてもうまく答えられなかったが。

大学へ入学し、手品サークルへ入会し、M氏は僕の先輩になった。ステージマジック以上に、テーブルマジックの達人であることはおいおい知ることになった。

僕が演劇やらダンスやら、いろいろな舞台芸能を見るようになったのは、大学2年生以降のことだ。多少は良いものも見て、多少は目も肥えた。森下洋子の幾何学的に正確な回転、「Fosse」のオープニングに登場するダンサのゆったりとしたsnap、セヴィアン・クローバーの静かな足音。舞台の上の人間の動きを見て、何十メートルも離れている僕が身震いする。そういう経験を数回。

さて、そんなある日。僕は部室でM氏の演技のビデオを見ていた。高校時代に見たあの演技と、2年ぶりの再会。

僕は身震いした。

M氏は、奇をてらうことをしない。基本に忠実で、他の要素を持ち込まない。
そうすると、普通はただのつまらない演技になってしまう。何の見所も無い、ありきたりな。
しかしM氏の演技はそれを超越する。基本に忠実でありながら、あまりに忠実で、あまりに完璧なのだ。

なんとかいう凄腕の画家に、ある素人がスケッチブックを差し出して、「ここに何か描いてくれませんか」と言ったところ、フリーハンドで見事な正円を描いてよこした、という話があったが、それに似ているかも知れない。

そんなM氏の結婚式。
式場は椿山荘。披露宴の司会には、落ち着いたベテランの女性。そんな選択も、実に彼らしいと思う。
なにもかもが、丁寧にレールの上に載って、踏み外すことなく着実に進行してゆく。

この、細やかさ。
小さな穴も見逃さず、丁寧に埋めて磨いてある。
この、滑らかさ。

とにかく、素晴らしい式と披露宴だった。
ひとつひとつ褒めていたらきりが無いほどに。

前置きが長くなった。

そんなM氏のために何かサプライズな企画をしてやろう、と、kanio氏から持ちかけられたのはわずか2週間前のことだった。
手品大好きなM氏を手品で一泡ふかせてやろう、と、OB諸氏の知恵をかき集めてぎりぎりで企画をした。

サプライズの顛末を詳細に記すつもりでここまで書いてきたが、僕はいま急に気が変わってしまった。
書きたいのは山々だ。しかしながら、あの場に居合わせた感動に比べれば、僕がここでどんなに熱弁を振るっても、伝わるのは微々たるものだろう。むしろ、読者諸氏がいつかどこかで巡り合うサプライズの楽しみを、目減りさせてしまうのではと思うのだ。
ちょうど、手品のタネのように。

僕らの計画は成功し、M氏は悶絶し、観客も大満足の中、二次会が幕を閉じた、とだけ書いておこう。

もちろん、手品師が手品師同士で秘密の会話をするように、これからサプライズを企画しようと考えている人間が相談を持ちかけてくるなら、この日のあらすじの隅々を明らかにすることに吝かでは無い。

あなたのもとにも、いつの日か、忘れた頃にサプライズが訪れますように。

差分比例ギャラリィポイント

先日の続き。
続きを読む

超一流のウェイター

ヨーロッパの銀座通りに面したカフェに、超一流のウェイターがいて、客からのチップだけで家族を養うほどの収入を得ているらしい。

どこかで耳にしたそんな噂(真偽は検証していない)を思い出しつつ、そんな世界一のウェイターは、いったいどんな能力をもってして世界一なのか、などとおぼろげに思考をめぐらせつつ、今日はずいぶんと長い時間をカフェで過ごした。

赤坂の高級バーで、何度か奇術師をやらせていただいたことがある。高級店だけあって、店のスタッフの接客品質の高さには身震いするほどだった。ある客が、胸ポケットからタバコを一本とりだす。客がその動作を終えるより早く、店員は極めて洗練された動きでライターを取り出し、火をつけて待っている。はんなりはんなりと客の会話の相手をしているように見せて、視界の隅々まで神経を張り巡らせ、客の行動の予兆をキャッチし、予測される未来に備える。

一流とは、かくも美しい。

マジメな話はさておき。カフェで何をしていたかというと、ウェイターしてました。一度やってみたかったんだもんね。いひ。

SAMジャパン大会

恥ずかしながら、SAMとは何ぞやというところからそもそもよくわかっていなかった僕である。
今回、諸事情あってスタッフとして参加。晃太郎氏が全体を取り仕切っているということで、右も左も分からなくても顔パスで採用された。バンザイ。

朝8時に京王プラザホテル八王子に着。会場はそこの4F,5Fで、観客が1日でざっくり600人くらい?出演者サイドがプロ・コンテスタント合わせて50人前後、スタッフが全部で20人程度、という規模。

飛び入りスタッフだったので大した仕事は任されず、客同然に手品を鑑賞したりして。バンザイ。
幸条スガヤ氏のアクトを生で見られたのは嬉しかった。芸が細かい。作りこみが素晴らしい。
能勢裕里江嬢の舞台も久しぶりだった。これも素晴らしい。シンプルで完璧。ため息が出る。ファンクラブあったら入ります。本気本気。
西日本の若手諸氏と交流が持てたのも収穫だ。荒削り感は否めないが、ニュージェネレーションなセンスが見えてとても良い。

加えて、都々氏、二川氏、テンドー氏等々、若き日にお世話になった面々に久しぶりにご挨拶出来た。
みな一様に「痩せたね」という。頬がこけたのですな。食事の量はまだしも、回数がいささか減った。困ったことだ。チーズとかでカロリーを稼がないと。

DC.ビーナスについて。
ダンスがめちゃめちゃうまいというほどでもなかったのはいささか残念だが、主役の2人がきちんと手品を練習していて、現象が成立している。ミスしない。素晴らしい。加えて、曲の使い方、間の持たせ方なんかは見事なもので、ショーとしての完成度はとても高い。例えば途中、CHICAGOから1曲使われている。セリフが乗ったりメロディが途絶えたりと動きの多い曲だが、それを生かして振り付けと現象が組み立てられている。こういう姿勢に好感が持てる。
やたらと曲を切り貼りするのってどうなの?と常々思っている僕である。作曲した人は、構成にも当然こだわりを持っているはずだ。たいていの場合、高々マジシャンの稚拙なセンスで再編成するより、原曲の構成はずっと美しい。せっかくなら、その美しさにあやかれば?と思う。

小林賢太郎トランプ

「ポツネン」で発売されたオリジナルデザインのトランプを、職場の先輩がお土産に買ってきてくださった。嬉し過ぎます。転職万歳(そこか!)。

うーん、材質がどうみてもU.S. Playing Card Co.製にそっくり。Air Cushion Finish だし、表面のwaxのすべり具合も、3枚重ねの構造も(卸してないけど)。でもスペードのエースにMade in Japanって書いてあるんだな。素材だけ輸入して印刷は日本ってことかな。それとも U.S. Playing Card って、日本工場あるんですか?

ケースの構造がちょっと残念。開け辛い。側面やセキュリティシールにしゃれた文面が見えて最高。カードのフェイスのデザインは普通です。絵札も一般的な12人のモデルを踏襲しています。顔の描写がクリアで、特に目元がくっきりしてて見やすい印象。

手品とクオリア

前田知洋氏が「F.A.Q. : 座り心地」でクオリアについて言及しているので便乗。

クオリアって何?という人はまずはWikipediaを読んでもらうとして。決して込み入った概念ではないのだが、むしろシンプルすぎて捕らえどころがないかも知れない。

出典が定かでないのだが、「不可能を可能に見せるのが詐欺師、可能を不可能に見せるのが手品師」という言葉がある。詐欺師と客(この場合、カモというべきか)の関係において、行動を実行に移すのは常に客である。ついさっきまで明らかに「可能」と思っていた行動が、実際やってみると「不可能」であることに気づく。不可能を可能に見せられていたのである。
手品師と客の場合、通常は動作を行うのは手品師である。手品師は当然、それをやってのけるわけであるから、それは「可能」なことをやっただけのことである。それがなぜ不思議に見えるかというと、客から見ると「不可能」に見えるからに他ならない。

この時、手品師は客のクオリアを操っている。こういうことだ。AとBという2つの物理現象があって、そこから人間が感じるクオリアがまったく一緒、ということが有り得る。手品師はこれを利用している、というわけである。
右手の親指と左手の親指を、普通は見間違えることはない。が、向きをそろえつなぎ目を巧妙に隠すことで、観客が普段左手の親指を見たときに感じるクオリアと同じクオリアを感じさせるのだ。(この時もう一つ重要なことは、つなぎ目を「隠している」というクオリアを感じさせないことだが、それはまた別の話。)

この、「同値のクオリア」を捜し求めている人種には、ある種の絵本作家、ある種の写真家などのアーティストが含まれるだろうが、量と質において手品師の右に出る人種はないであろう。

1つの体系を構築するとき、「同値」を定義することは重要な一歩である。位相幾何学(トポロジ)では、ドーナッツとマグカップを「同値」と見る。クオリアの「同値」を探ることは、クオリアの研究を進める上で必要になるかもしれない。そのとき、ひょっとするとマジシャン達の知識が資料的価値を持つかもしれない。

return top