カテゴリー ‘ essay

「この先、手品は亡くなります」

和泉圭佑(いずみ けいすけ)氏は、四国出身で現在は大阪で活躍している、21歳のプロマジシャンである。若くして海外のコンテストに出場し賞をかっさらってくるなど、野心的な若者だ。最近はtwitterやUstreamに積極的に露出し、着々とファン層を増やしている模様。
彼はマジック界のジャーナリズムに興味を持っているようで、いろんなマジシャンにインタビューをしては対談記事を発表している(まだ始まったばかりのようだが)。

僕の与太話もそこへ並べてもらえることになった。
三畳半工房 「この先、手品は亡くなります」未来奇術論 大久保康平インタビュー

口頭でのやりとりを落としたものなので構造がばらばらで非常に読みにくいが、対談ならではのエキサイト感が残ったほうが面白いかと思い、敢えて大きな修正はせずに掲載をお願いした。
そんな大嘘は言ってないつもりだけれど、数字は感覚で言っているのが殆どで裏付けは無いため、鵜呑みにしないようお願いします。

誰もがもうすぐ呪文を唱え始める

ボイスレコーダの不便なのは、あとから特定の箇所を探すのにとても時間のかかることだ。だから、あとで思い出そうというつもりでもあまりだらだら録音すると、聞き返す労力に負けて結局ゴミになってしまったりする。
ところが、たとえばGoogle Audio Indexingのような技術を利用すると、膨大な量を録音しても、まるでネットで検索するかのようにキーワードで一覧を見て、その前後の文脈を読むことが出来る。
僕の喉元にマイクをとりつけて、24時間録音し続けてしまえば、「あれ、あの時なんて言ったっけ?」なんてときに、そこへ遡って自分の発言を確認することが出来てしまうのだ。

ちょっと、便利だよね。

積極的にメモとして使うなら、例えば、「ハンズに行ったら○○を買う」というようなセリフを、何か思いついたら忘れずに口にするように習慣付けておけば、実際ハンズに行ったときに「ハンズに行ったら」というキーワードで直近の発言を検索することで、漏れなく買い物できてしまうわけだ。

便利だね!

生活のメモ代わりにはそれで良いとして、学習意欲旺盛な諸君はこれではちょっと困ることがある。「ストラディバリウス」という言葉そのものを今知って、あとで思い出したい場合、どうすれば良いだろう?
検索したい言葉自体が思い出せないと、どうにもならない。
こんな風に単語帳的に使うには、例えば、「単語帳、ストラディバリウス」という風に特定のワードを決めておくと良い。そうすれば、「単語帳」で検索すれば望みのものが得られるようになる。
どうせなら、日常使わない特別なキーワードを決めておいたほうが混乱は少ないだろうね。「チョーゴンタ」とか。そうしたら、何か記憶したい言葉に出会うたびに「チョーゴンタ ストラディバリウス」「チョーゴンタ スリジャヤワルダナプラコッテ」などとつぶやくようにすれば、とても簡単に単語帳が出来上がってしまう。どうせならもっと洒落たキーワードが良いと思うけど。

「チョーゴンタ」を使い慣れた頃には、別の検索ワードを自然と使い始めてるだろう。「あとでやる」ことをまとめて思い出すために「ルヤデトア 鞄に印鑑を入れる」「ルヤデトア デジカメのバッテリーを充電」とか、思いついたそのときにつぶやいておけばいい。そんで、家に帰ったら「ルヤデトア」で検索。

ベンリ!!

そうしてふと気づく。あれ、これって、魔法の呪文みたいだよね?

さらに先の妄想はもうだいたい想像つくと思うから端折るけど、キーワードだけでは沢山覚えるのが大変なので体の動きを加えたり、あるいは特別な「杖」を手に持ったときだけ発動するようにしたり、はたまた、今で言う「format c:」みたいな危険なコマンドがついうっかりで発動されないように、わざと少し小難しくしたりして、そうこうするうちに、僕らは近い将来、いつの間にかみんな魔法使いになってるんだ。

「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。」-Arthur C. Clarke-

この数年で変わった自分まとめ

・議論を好まなくなった
この3年くらいでの傾向。
議論というのは大抵、何かの結果を左右するために行われるわけだが、いずれの結果になっても後でどうにでもなるからいいや、と思うと、議論する労力を惜しむ。疲れるしね。
「自分の正しさ」への執着が減ったのと、「相手も大人なんだから、どう転んだって自己責任だよね」という「おせっかいはしない」傾向なども要因か。

・自分の好みを分析しない
この2年くらいでの傾向。おそらく森博嗣の影響。
例えば、自分が過去においしいと思ったものには、辛いものが多かったとしよう。ここで、「僕は辛いものが好き」と思ってしまうと、自分の世界を狭めてしまいかねない。
「辛いものを好む傾向があるようだ」という過去の認識にとどめ、「辛くないけどおいしいもの」を見逃さないように気をつけねばならない。
自分の好みを分析して言葉で表現すると、その言葉によって自分の好みが規定されてしまう、というプロセスが、往々にして無自覚に起きる。この自己暗示に対する自覚的対策を続けている。

・広さより細かさ
世界を細かく見る にも書いたが、インプットとアウトプットの空間的時間的精度を上げることを、この2年ほど強く意識するようになった。
字を書くときに1ミリもずれたら大変な違いだし、話をするときに1秒遅れたら、完全にタイミングを逃している。
コンマ1ミリ、コンマ1秒を感じること、制御することが目標。

・人に取り入る
他人に気に入られるための努力を意識するようになった。
学生のころまでは、自分を気に入ってくれる人とだけ一緒にいれば良かったのだが、お金をもらって仕事をするという立場になってようやく、それだけではいけないことに気付いた。
もともと、人から愛される才能には恵まれていた自覚があるが、それがかえって、「好かれるための技術力」を錆びつかせていたように思う。
相手の好き嫌いを観察し、効果的に好印象を残すこと。まだまだうまくない。

#kecconが「楽しい」かつ「いい会」になったので満足。

司会をしておりました、kuboonです。
いちおう、仕事でC++のコードを書いたりしているので、エンジニア仲間と思って頂ければ幸いです。小学生のころからBASIC書いてますから、それなりに年季入ってますよ!
手品とイベント屋も仕事です。司会は趣味ですw

今回yoshioriが、「結婚披露パーティでLTとかやってカンファレンス風にしたい」とか言い出したのを小耳にはさみ、なにそれ面白いに決まってるじゃんということで是非ともお手伝いしたい、と申し出ました。
はじめは、java-jaのあたりから自然発生的に実行委員会みたいのが立ち上がってくるだろうからそこに乗っかろうなんて思っていたのですが、勢い余ってフライングし、僕が実行委員長になってしまったのでした。

LTという文化はすごく面白くて僕は大好きなのだけど、誰でも出来るわけではないし、客層も大事。
これが結婚披露パーティと融合するというのは物凄く希少な機会です。
話を聞いて僕はすぐ「面白そう!是非やりたい!」なんて思いましたが、言っても第三者じゃないですか。
まったく前例のない試みに主役として立ち向かい、金銭的・社会評判的なリスクを負って実行の決断をしたyoshiori・ngtyk夫妻の勇気は称賛に値します。

実際にやってみればご覧のとおりで、誰もが羨むほどの盛り上がりだったわけですが、これはもう一重に、LT芸人の皆様のおかげですね。
みなさん面白すぎます。大変勉強になりました。

想定外に良かったのは、結びの新郎LTと新婦スピーチ。
あれが無くても「楽しい会」にはなっていたと思う。
しかし、あれが有ることによって「楽しい」かつ「いい会」に変わった。
カンファレンスと称しながらも、会場は立派な結婚式場だし、新郎新婦も綺麗に着飾っていたわけで、来場者の皆さんがそこに当然期待するものがあったわけですが、見事なまでに応えてくれました。
素晴らしかった。

裏方はKaigiFreaksの@suzukiと@iogiが優秀すぎて丸投げでしたw
機材持込みの量がまずおかしいですが、加えて、名札とかタイムテーブルとかが、誰も何も言ってないのにいつのまにか準備されてるんです!
神すぎます。

まあそんなわけでして、僕は名目上実行委員長なんて言っておきながら、対して苦労もせずにおいしい仕事をやらせてもらえたので楽しいことこの上なしでした。

司会は趣味なので、呼んでいただければなんぼでもやります!
手品は、、、安くないよ?笑

そして最後にしつこく宣伝。
7/25に、僕がたっぷり1時間テーブルマジックをやるイベントがあります。
きっとお楽しみいただけると思いますので、ご興味ある方は是非。
http://www.kintoun.biz/event_2010_0711.html

思考と知識の飛び石モデル

知識を、飛び石でイメージしよう。
飛び石を踏み外すことは許されないので、水面にでもしておこう。

水面に、大小さまざまな飛び石が不規則に並んでいる。1つの飛び石が、1つの知識に対応していて、ジャンルの近い知識は寄り集まっている。
外界から新たな知識を得ると、水面下からぽっかりと新たな飛び石が顔を出す。

あなたは、飛び石の上をとことこと歩きまわる。これが思考。移動の速さが思考の速さに相当する。
飛び石が多いほど、あなたは軽快に歩き回ることができる。びっちりと敷き詰められていれば、駆け回ることすら出来るだろう。
反対に、飛び石がまばらなエリアでは、一歩一歩慎重に足を運ぶしかない。
時には、見えているけど遠すぎて届かない飛び石もあるだろう。知ってるだけで死んでいる知識である。
間を埋める知識が外界から与えられることで、初めて思考に加わる。

得意なジャンルが2つあれば、それぞれびっちりと敷き詰められた2つの大きな島が出来るだろう。2つのジャンルを関連づけるような知識を得ると、島と島をつなぐ橋のように機能する。それが次第に増えてくると、2つの島は次第に融合し、1つの大きな島のようになる。縦横無尽に走り回ると、もともと2つの島だったことなんてすっかり忘れてしまいそうだ。

時々、すごいジャンプ力をもってる人がいて、普通なら行き来できないような距離の飛び石をぴょんと一飛びしてくる。こんな人は、飛び石に多少隙間があっても構わず駆け廻ったりする。

ジャンプ力はもちろん鍛えることができる。そのためには常日頃から駆け回ることが大事だし、駆け回るための広くて安定した地面が必要だ。
丁寧に隙間を埋めた広くてなめらかな島を1つでも持っていると、遠出した先でまばらな飛び石をよちよちと歩く日々が続いても、自分のホームグラウンドに戻ってくれば走り方と跳び方を思い出せる。

see also: 独創の星モデル

プレゼント交換を(google的に正しく)ゲーム化してみた

4~20人くらいの人数でプレゼントを持ち寄って、交換会をすることを考える。
海外で入手した貴重な一品、ちょっとお洒落な便利小物、日曜消耗品、ジョークグッズ、ガラクタ、いろんなものが集まる。

全員が、自分が持ってきたプレゼントの価値に見合うものと交換できれば幸せだろう。
ということで、ゲームを考えてみた。
以下のルールでプレゼント交換をすることにより、みんなが欲しがるプレゼントを提供した人が、優先的に欲しいプレゼントを入手できるはずである。

1. 全てのプレゼントは中身が分かる状態にしておく。参加者は、プレゼントをよく吟味し、欲しいプレゼントを決める。
2. いちにのさんでタイミングを合わせ、全員がいっせいに自分の欲しいプレゼントに「投票」する。実際には、それと分かるように明確に指を差す。
3. 指はしばらくそのまま。もっとも得票数の多いプレゼントの提供者が、プレゼント選択権を得る。権利を得た人は、そのときのその人の投票先プレゼントを入手し、ゲームから抜ける。
4. 次に、いま取られたプレゼントの提供者が選択権を得る。同様に、そのときの投票先プレゼントを取得してゲームから抜ける。これを繰り返す。
例外1. 得票数1が複数あり、かつ、取得権の連鎖が得票数1の人のみで完結している場合、その全員が投票先のプレゼントを得てゲームから抜ける。
例外2. 得票数2以上が同数で並んだ場合、じゃんけんで1人にしぼる。
例外3. 投票先プレゼントが既に場からなくなっていた場合には、任意のプレゼントを選ぶことが出来る。
例外4. 取得されたプレゼントの提供者が既にゲームから離脱していた場合には、1に戻って繰り返す。

文章だけではわかりづらいので、サンプルゲームを1つ実況中継しよう。
続きを読む

心配されたくない

「心配する」というのが、優しさの表現のように世間では考えられているふしがあるが、僕自身に関して言えば、心配をされてもちっとも嬉しくなくて、下手をするとイライラしかねない。そういえば、ずいぶん小さい頃からその傾向があったように思う。

以前、ある女友達と、こんなやりとりがあった。
「私ね、ドジで、段差とかあるとすぐつまずくの。」
「あら、そうなんだ。」
「だから、付き合いの長い友達はみんな、私と一緒に歩く時は、そこ段差あるよ、とか、そこ滑るから気をつけてね、とか、過剰なまでに言ってくれる。」
「へぇ、へんなの。。」
「変?」
「いや、僕がエスコートするなら、そうはしないだろうと思って。」
「どういうこと?」
「段差や滑りやすいところに近づいたら、出来るだけ相手に気づかれないようにそっと注意を回しておいて、実際に体勢を崩した時に初めて手を差し伸べる。」
「そういうタイプは今までいなかったな。」
「そっか。」

どちらが良いとか悪いとか、正しいとか正しくないとか言うつもりは無い。心配されて嬉しい人間と、心配されても嬉しくない人間がいる。それだけのことだ。
相手を想う気持ちがあってこそ相手を心配するのだから、それを素直に喜ぶべきというのも一理あるし、心配なんて煩わしいばかりで何の役にも立たないというのもまた事実だと思う。

面白いのは、両方の種類の人間がいるというところまではなかなか頭が回らなくて、心配されて嬉しい人はついつい誰彼構わず心配を表現するし、僕みたいに心配されたくないタイプの人は、積極的に心配を表現することを控えがちなので、普段は冷たい人だと思われてたりして、いざ緊急事態が起きた時に手を差し伸べると「意外」とか言われたりして、僕としては「あたりまえじゃん」と思っているのに、下手をすると「普段そんな人じゃないのに何故?何か下心が。。」などと余計なことを勘繰られたりして、良いこと何も無いな。早いとこ改めよう。

エネループカイロを買ってはいけない

高校物理と高校化学をある程度真面目に自分で消化している人なら、乾電池がいかに非力かというのはなんとなく実感をもっているはずだ。

さて、計算してみよう。

乾電池1つの充電容量が、高性能のもので2000mAh=2Ah。
1.5Vを掛けると3Wh。
ジュールに換算すると10.8kJになる。

一方、エタノールの燃焼熱は、1367.6kJ/mol
46.1g/molで割ると、 29.67kJ/g 。

まとめると、電池一本に蓄えられているエネルギィが10.8kJ
一方、エタノール1gの燃焼から取り出せるエネルギィは29.67kJ
と、いうことは、電池1つが蓄えているエネルギィって、エタノールに換算するとたったの0.36gになっちゃう!
電池2本分でも、0.72g相当にしかなりません。

どう考えても非力です。

ちなみに僕は、ジッポオイルをプラチナ触媒で低速燃焼するカイロを愛用しています。
10gくらいは入るので、乾電池28本分になりますよと。

世界を細かく見る

「世界を広く見なさい」と、小中学校の先生や身の回りの大人から、幾度となく言われてきたが、「世界を細かく見なさい」と言ってくれた人は一人もいなかった。
「細かく見る」ことの重要性に僕が気付いたのは、実にこの1年以内のことだ。

意識の物差しの目盛りには人それぞれ精度に違いがあって、モノを見るときにはその精度で輪郭がぼやけ、自分が動くときにはその精度でブレる。
1mmで世界を見ている人間は、1mmの差を同一とみなす。1mmのずれを見過ごす。1mmのブレを許容する。

コンマ1ミリ、コンマ1秒を感じ、制御する能力が人間にはある。
細かく見る。細かく聴く。細かく感じる。細かく動く。

どの世界でも、一流の人間は、高精度である。

ごめんなさい考

「謝って欲しい」という心理が、どうも理解できない。

僕自身は、誰かに「謝って欲しい」と思うことは無い。
それによって何か事態が好転するかというとしないし、僕の気が鎮まるのかというと、そもそも鎮める必要があるほど激昂しない、ということかもしれない。
謝らなくても良いから、事態を改善するか、代替サービスを提供して欲しいと思う。

例えば僕が私物のビデオプロジェクタを友人に貸して、壊れて戻ってきたとしよう。
僕は別にそんなことで腹は立たないし、誰がどうやって壊したかもまったく興味は無い。
もちろん、「謝って欲しい」などとは思わない。
欲しいのは、損失を如何にして埋め合わせるかという提案であって、それ以外には無い。

そんな風に考えているせいで、自分が謝るべき立場に立った際も、ついつい「ごめんなさい」よりも先に提案をしてしまう。これがしばしば、言い訳とか、事態を軽んじている、と取られるようだ。
想像以上に、「ごめんなさい」を求める人間は多い。気をつけなければならない。
実質的に無意味でも、その言葉によって相手の気が鎮まるなら、言う価値があると思っている。

return top