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パイレーツ・オブ・カリビアン2

面白かったところ:アクションシーンの馬鹿馬鹿しさ。これは新機軸のコメディだ。てか漫画か?
残念だったところ:月の光に照らされた白骨のあの映像美はどこへ行ってしまったのか。

六本木Hillsで見てきた。シネマエリアの入り口にキャプテン・ジャック・スパロウがいた。ジョニーデップじゃないよ。
衣装が本格的だ。雰囲気も頑張って出してて、結構似てた。エリザベスはぜんぜんだった。まあ、日本人には無理だろう。
なにかのプロモーションらしくて、近くに腕章つけたお姉さんがいて、せっかくなので一緒に写真を撮ってもらった。

ラストは狙いすぎ。記号化されたなにもかもだ。

映画のほうのダヴィンチ・コード

先に本を読んだほうが良い、と数人から聞いてそのつもりでいたのだが、「本読まずに見たけどそれなりに楽しめた」という07嬢の日記を信じて見てきた。

確かに展開はスピーディで、途中、誰がどう裏切ったのかよくわからなくなったが、早いのは、遅いよりずっと良い、と思っている。たとえば「2001年宇宙の旅」とかダメ。すべてのカットを半分にしたらちょうど良い。まあ、あれは映画じゃないという話もあるが。

旧友の2人が話しているうちに議論が白熱していくところとか、きっと原作ではもっと丁寧に書かれているのだろうけれど、映画では展開が早くて可笑しい。「もう怒るの!?」みたいなね。

許しがたいのは、「はいはい、これ後で使いますよ~」的なカメラワーク。伏線というものを勘違いしている。伏線が示された時点で、む、これは伏線ぽい、と気付かれるようでは、何したかはわからないけど何か怪しいことをしたに違いない手品師みたいなものだ。

RENT映画版

3箇所くらいちょろ泣きした。
えんじぇるカワユス。

僕にとって、RENTは特別すぎる。学生最後の1年間で、劇団碧に出会い、市川氏に出会い、春と冬に2回やった。どっちもBennyだったが、春のBennyと冬のBennyは、僕の中でかなり違う。それは、その1年間で僕が成長した差に他ならない。役者として、あるいは人間としてもだ。

あの日、舞台で「♪人生は輝く 恐れず愛せたなら」と歌いながら、
客席に君の姿を見つけて、
その瞬間、
歌の本当の意味が分かったんだ。

みたいな思わせぶりなことを書くのが流行ってるらしいぞ。

エリザベス・タウン

(LasVegasからの帰りの飛行機の中で見た時の感想を遅ればせながら。)

以下の状況で自分ならどう行動するか、ちょっと考えてみて欲しい。
あなたが大切に思っている人が、ある日、ふとしたことで人生が狂って、自殺を決意する。至極冷静に、慎重に、なんら感情的衝動的な余地も無く、理性的に、「僕はもう、死のうと思う。」と、あなたに告げる。さあ、どうしますか?
これは究極の難問の1つだと思う。時間も迫っている。この映画のヒロイン「クラリス」も、考えて考えて、散々悩んだろう。その苦悩のシーンはまったく描かれていない。しかしその計画が彼によってなぞられる場面で、その、一見過剰なまでの緻密な計算に、彼女の涙のあとが見える。

月のワルツ

「みんなのうた」より。
曲:諫山 実生
映像:いしづかあつこ

曲、歌も然ることながら、並外れた世界観のアニメーションに強烈にはまる。そのいしづか氏のサイトを見に行ったら僕より1つ下で、微妙に凹む。うぅぅ。

初宝塚

花組「Apartment Cinema」を鑑賞。映像でチラッと見たことはあるが、生では初のヅカ・ワールドである。
いやはや、面白かった。
主役「ウルフ」の絶妙な間が優雅なユーモアを醸し出していて特に良い。
終わり方も僕好みだった。悲劇的な未来を展開しておいて、一番綺麗なところでさらりと幕が下りる。多くは語らない、という美学。

ところで、こういう男装舞台の文化って海外にもあるんでしょうか。詳しい方のツッコミを待つ。

ピアノの打鍵構造について

ピアノの鍵盤に求められる機能は以下の通り。
1. 鍵盤を押している間は音が伸び、開放したときにはすぐに音が止まること。
2. 打鍵の強弱が音の強弱に出来るだけ豊かに反映されること。
3. 鍵盤を開放しきる前に再び打鍵した場合も音が鳴ること。
ハープシコードのように弦を弾く構造やオルガンのように気孔を開閉する構造は1に適しているが2の要件を満たすのが難しい。
一方、ハンマーで弦を叩く構造にした場合には2は容易に満たせるが1を満たすためにちょっとした機構が必要になる。これをエスケープという。そして、エスケープ機構を取り入れた場合には鍵盤の動きに対してハンマーの状態がヒステリシス(履歴依存)になる。つまり、鍵盤を押し切る1mm手前と、押し切った後の戻りの1mmでは、ハンマーの状態が違う。理想的には、押し切って、1mm戻って、その状態から再び押し込んでも、1回目と同じように音がするほうが良い。これが3の要件である。

と、そんなわけで、浜松楽器博物館は面白かったよ、という話。なるほどピアノは奥が深い。きっとどの楽器もそれぞれ、まだ僕の知らない様々な工夫が詰め込まれているのだろう。

「東京駅ルネッサンス」

JR東日本:東京駅ルネッサンス 特別イベントのご案内がめちゃめちゃ面白そう。(僕が昨年秋にハンドモデルでお世話になったna-ru.co.jpが企画参加しているようです)

。。。なんだけど僕は見にいけなさそうです。涙。誰か東京駅通りかかったら見てきて。(あ、東京駅でバイトしてるヤシがいるではないか。)

劇団碧「かつてこの島で」

3/11,12 計6回公演
「かつてこの島で」入場無料。
http://www.geki-heki.net

過去の公演と比べるとストーリィがちょっと弱かったかな、という印象。まあ、それは原作者の責任なのでレビューとしてはハズレですが。楽曲は耳に残るものが多く、とても良かった。キャストの音大生比率が格段に増え、歌は聞き応えがあったかも。
なんといっても今回の目玉は舞台美術と演出。団長の市川洋二郎氏が「神が降りてきた」と自画自賛(まあ、彼は割といつもそんな調子だが)していたが、頷くほかない。プロ級ですよ。本気で。

* 舞台に生きる
一昨年だったか、ちょっとした伝で永井寛孝氏と話をさせてもらったことがある。脚本家のプロである。その彼が、僕が春に大学を卒業して社会人になると聞いて、こう言った。
「じゃあ、春からはますます好きなことができますね。」
当時、多くの友人たちが「社会人になったら、舞台はすっぱりやめる」などと、やめることばかりを口にしていた中、彼が当然のように言った一言は印象的だった。

オラファー・エリアソン展

原美術館(サイト見づらい)@品川へ。今日までというのに駆け込み。
光の特性を巧みに利用したシンプルで強力な作品の数々は確かに僕の好みにはぴったりで、駆け込んだ甲斐があった。

去年の今頃は、生まれて初めての一人暮らしを目前に、インテリア雑誌とインテリアショップを片っ端からインプットしていた頃だ。部屋の雰囲気はまず照明(あるいは窓の使い方)で決まる。光源こそが指揮者で、家具や家電の色合いをどう工夫してもその指揮棒の範囲を超えることはない。
しかしここに、ミラーやプリズムといった光学特性を持つ素材を導入することを考えると、それらはソリストのように振舞う。その強烈な個性は時に部屋全体の調和をかく乱させるまでの力を持っている。そしてもちろん、完全に調和したときには、そこにソリストが加えられる以前には存在し得なかったまったく新しい価値が生み出される。

今日見た作品は例えていうなら、僅か数人の慎ましいソリストと寡黙な指揮者が、完全に調和した音波でコンサートホールを圧倒したような、そんな感じだった。

たとえ話ってあまり好きじゃないんだけど、敢えて書くならこんなかんじだろうか。R君。

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