場の流れを読む

先日、24メートルの布が必要になり、日暮里の繊維街へ出かけた。

正確に言うと、6メートルの布4枚を必要としていた。幅は1.1メートル。
これは結構な長さで、それだけの在庫が残っている布はあまり種類が無かった。

そんな中から、良い色と質感のものを見つけたので、店員に在庫の長さを測ってもらった。
20メートルだった。
ちょっと足りないが、5メートル4枚でも良い、ということになったので、買うことにした。

5メートルを4枚ください、と頼もうとしたら、
「1カット目は無料、2カット目以降は1カットあたり500円」
という張り紙があった。

たかだか幅1メートルの布を切るのに500円かかるとは何事か。
これは実質的には「カットお断り」ということである。購入の為のカットは当然するが、それ以上のカットはお客さんがやってください、店員に雑用を頼まないでください、と、そういう話である。

もちろん僕が、「5メートルください」といって購入するのを4回繰り返せば、ルール違反にはならないので店員は文句を言えないはずであるが、もう子供ではないので、そういうセコい手段は避けるようにしたいものである。

しかしこの日、僕は、5メートルの布を1枚は用意する必要があった。残り15メートルは後日自宅でちまちま切れば良いのだが、5mは今すぐ必要だったのだ。店員が切ってくれないのなら、どこかでハサミを買わなければならない。

ん、まてよ、1カット目無料と書いてあるじゃないか。僕が欲しいのは20mで、布の在庫もちょうど20mだった。ということは、1カット分の権利を僕は持っているということになるのではなかろうか。こいつぁ運がいい。

と、そのように店員に述べたところ、あっさり拒否されてしまった。「購入の為のカットは無料ですが、それ以外のカットは一切お受けしておりませんので。。」
はいはい。言わんとする事はもちろんわかっている。ジョークの通じない相手のようだ。
ここで「しかしこのように書いてあるではないか」と強行すれば店員も面倒くさがってタダで切ってくれるかも知れないが、子供ではないので、そういうセコい手段は避けるようにしたいものである。

僕は切に1カットを欲していた。次の予定が差し迫っており、ハサミを探して買って布を切る時間はなんとか節約したかったのだ。500円か。高いが、やむを得まい。いや、待てよ。

さて、ここからようやく、このエントリの本題に入る。

僕は店員の顔色を見た。彼はどちらかというと申し訳無さそうな顔をしていた。
僕は彼と敵対しないようここまで慎重に接してきた。彼の立場を察した。周りを見た。レジに並ぶ客が2人、その次が僕で、僕の後ろは誰もいなかった。
僕は自分の取るべき行動を理解した。レジに並び、自分の番が来たところで、「5メートルでカットお願いします。500円払います」と言った。彼は僕の顔を見て、何も言わずに布を切り始めた。

僕より先にレジを済ませた客が遠ざかり、レジの周りには僕と彼だけになった。彼は僕に小さい声で言った。
「今回は、サービスしておきます」
計画通り。

僕は彼に礼を言って、店を後にした。

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