シンプルなコドモ世界と複雑なオトナ世界

友人の薦めで、「カラフル」という映画を見てきた。
自殺した少年の体に乗り移った魂が、その少年を演じながら彼を取り巻く環境を半ば他人事のように眺める、という設定。これはなかなか巧妙なプロットで、青少年の自殺という重たいテーマを適度に軽く、うまく扱っていた。
僕にこれを薦めた友人はしかし、映画を気に入らなかったようだ。というわけで原作も読むことにした。
なるほど原作で中心に据えられているテーマは、映画では十分に描かれていなかったように感じられた。(まあ、珍しいことではない。例えばジュラシックパークでも、原作において「これを語るためにこの小説は書かれた」とさえ思わせるようなテーマが、映画ではほとんど触れられても居なかったりしたし。)

先日、友人と話をしているとき、たまたまこんな事件が話題に上った。彼は几帳面な性格で、恐らく普段は滅多に遅刻などしなかったのだろうと思われるが、その彼が学生の頃、ある日たまたま寝坊をして、バイト先に遅刻した。もちろん早めに連絡を入れ、大事には至らなかったそうだが、その時バイト先の担当者に遅刻の理由を尋ねられ、彼は正直に「寝坊です」と答えた。これを酷く怒られた、というのである。
「寝坊と言われたらただで許す訳にいかなくなる。交通機関の不調とか、なんでもいいから言い訳をしろ。でないと俺の立場が無い。言い訳はおまえが考えろ。」
これが怒られた理由である。それが大人のルールでしょ、と。
なるほどね、と思わされる話である。

僕がこの歳になるまでの間に、「オトナになればわかるよ」という台詞を何度聞いたか知れないが、実際に学生を終えて社会に出てみてから理解した「オトナ世界のルール」は数知れない。本音と建前を使い分け、時には騙されたフリをしたり、時には言葉を飲み込んだり。

僕はこの「オトナになればわかるよ」という台詞が大嫌いだった。説明してくれればいいのに。説明できないの?それとも僕の理解力を侮っているの?オトナの貴方はオトナであるというだけで、コドモの僕より賢いつもりなの?くだらない!くだらないオトナ!

なんて、コドモっぽく反抗していた頃に比べたら、僕も随分オトナになったと思う。じゃあ今は僕がコドモに対して「オトナになればわかるよ」って言うかというと、それはやはり言いたくない。昔の自分が嫌いだったくだらないオトナに自分がなるなんて、なんとしても避けなければならない。

(余談だけどつい先日、僕があるアイデアについて話しているところへ「それはうまくいかないと思うよ」と言ってきた奴がいたので「何故?」と尋ねたら「やってみれば分かる」と返答された。話にならないとはこのことである。)

オトナの世界は複雑だから?そんな風に片付けたくはない。世界は誰に対しても同様に複雑で、かつ、調和がとれて美しいものだ。

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