アーカイブ ‘ 2007年 8月16日

安い親切

例えば以下のようなシーン。

15:00に待ち合わせていた友人から、14:50に電話が来た。
「実は遅刻しそうなんだ。今すぐタクシーに乗ればぎりぎり間に合うけれど、10分待ってくれるならタクシー代¥2000を君にあげるよ。」
ここで、¥2000なんかいらないからとにかく約束通りに来い、と言うか、¥2000で10分余分に待つか。
あるいは¥5000?あるいは¥10000?

お金で買えないモノ、というのは多々あるが、上記のように適当なシチュエーションを想定すれば大抵はお金に換算することができる。
別にお金でなくても良いのだけれど、とにかくいろんなことを同じ物差しの上で比較してみよう、という話。

何が嬉しいか、何を嫌がるか、何が楽か、何が苦痛か。これは人によってまちまちである。
自分にとって喜ばしいことが、相手にとっても同様であるとは限らない。というより、程度の差まで考慮すれば、一致することのほうが稀であると言っても良い。

自分にとって楽な行為が相手に大きな幸せを届けるとしたらこれは好都合である。
これは、国家間の貿易と様相が似ている。自国で安く生産出来る「親切」を輸出して、「人徳」を貯蓄する。
別に悪いことでは無いと思う。
お菓子を作るのが好きな人は、わざわざ菓子嫌いな人にそれをプレゼントすることは無いだろうし、むしろより多く喜んでくれる人を優先するだろう。ごく普通のことである。

同じ相手、同じ親切でも、時期によって受け取られ方が変わることもある。
大抵の人間の感情には波があって、落ち込んでいる時期には些細な親切でも嬉しいし、逆に、十分に恵まれている時期には往々にして感謝というものを忘れがちである。(そういう人が多い、という話。)
これは、株の売買と様相が似ている。安いときに恩を売っておくと、高くなったときに配当が見込める。

こんな風に損得を計算しながら親切を行使するのは「偽善」だ、と言う人がいるだろう。
偽善でもなんでも、現実に他人の役に立ったなら、何もしなかった人間より立派だと僕は思う。

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