マリーアントワネット

有楽町マリオンで。
一般国民から隔離された皇族の話、という点で先日見た「太陽」と同類であるが、受けた印象はまるで違った。
「太陽」に描かれていた昭和天皇は、時に気さくに話したり、植物学に没頭したりといった側面を見せながらも、間違いなく超人的であった。凡人には近寄りがたい空気を常にまとい、一挙手一投足に重みを感じる。(まあ、イッセー尾形の演技が超人的だった、と言い換えればそれまでだが。)
一方でマリーアントワネットは“意外と普通の人”である。莫大な財産と冗長な儀式制度に囲まれた中で、ごく人並みにパーティしたり、舞踏会に出かけたり、気が変わって質素に暮らしてみたり。(まあ、キルスティン・ダンストの演技が人なつっこかった、と言い換えればそれまでだが。)
神として扱われた天皇と、人として扱われた王妃の差だろうか。(本物を見たことは無いので意味の無い推論だが。)

花火とか噴水が登場するので「なぜこの時代に?」と感じたが、それは単に僕の知識のレベルに応じてのことだろうと思う。建築の専門家ならもっと建築に突っ込んだだろうし、文化歴史に精通している人間なら服飾の嘘を事細かに見抜くだろう。そういった専門家は時に、「史実に基づいていないから、ほら、違和感がある」と主張する。僕はそうは思わない。史実に基づく、というのは、違和感を感じない組み合わせの1つに過ぎないのであって、唯一解ではない。
例えば「マリーアントワネット」で用いられていた音楽は明らかに歴史を超越していたが、それでも違和感はさほど感じなかった。心地よくフィットしていた。

それってけっこうおもしろいな、と思った次第。
せっかくなので史実も目を通すと良いと思います。

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