ゲーマの是非

僕もかつてはゲーマだった。レッドアリーマー(初代GB)は1日1回クリアしてたし、朝起きてまずDOOMやって、その日の体調(集中力)を確認したりしたし、大学受験期にNethackにはまってしまって、せめて多少は勉強になるように、と敢えて英語版で続けたりした。
Age of Mythologyがすごい面白くて、工事現場などを眺めていると脳内で作業バランスを再配分しようとしたり、制服などで見た目の揃った一団を見ると脳内でダブルクリックしようとしたりしたこともあった。

大学の3年くらいで、ついに僕は、自らにゲームを禁じることにした。時間を奪いすぎるし、得るものが少ない、という判断だ。その分の時間は手品やプログラミングなどに振り替えられた。同様に多量の時間を奪うが、自分にスキルが残る、という点が異なる。

ところが近年、僕が一目置いた仲間たちはことごとくゲーマだったりする。それも、生半可な腕前ではない。ゲームを禁じたことが正解だったのか、と、自分の過去の選択を疑ってみたりする。

そこへこんなニュース。
宇多田ヒカルがテトリスDSで99999999点。専門用語でカウンタストップ、略してカンストの状態。

これだけ材料が揃えば正当化には十分だろう。心置きなくゲーマになれる。もともとはね、大好きなんですよ。やれやれ。

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