歯が痛んで、一晩寝られなかった。拷問だった。この年になってようやく、歯は大事にしよう、と思った。
恥ずかしい話で恐縮だが、正直、歯磨きは嫌いだった。
小さい頃、寝る前には「歯を磨いたの?」と親に確認されたものだが、よくもまあ平気で嘘をついたものだ。猛省しようと思う。ごめんなさい。
歯磨きに限らず、毎日同じことをきちんとこなすっていうのがことごとくニガテだった。あるいは、虫歯になっても、治療すれば治る、くらいに思っていたのかもしれない。
とにかく痛みをこらえ続けたまま寝ることなく夜が明け、わけの分からない体調でふらふらと着替え、6時には家を出て6時半に職場に着いたりした。外を歩けば痛みから気がまぎれるような気がしたわけで、実際ちょっと楽になったような気もした。
どういうわけか、職場のある麹町周りには異常に歯医者が多い。徒歩数分の圏内に6件は見つけている。1ブロックに1つあるくらいの勢いだ。激戦区か?
その中で1つを選んで開院時間丁度に飛び込んだ。オフィスビルの最上階、という高級感に誘われて入ってみると、内装もそこそこ綺麗で、まあ悪くない雰囲気だった。
とにかく院長がバカ丁寧なのが印象的だ。レントゲンを見せながら、「こちらが、本日治療させていただく歯であります。」とかいう。あります、って。丁寧語としてはちょっと中途半端だが、そこがまたかしこまってる感じがして面白い。
治療しながらももちろんそんな調子で話し続ける。こっちはうっかりすると笑い出しそうでひやひやしている。ドリルが歯に当たっている瞬間に笑ってしまったら、それこそ笑い事では済まなさそうだ。
しかし院長も情け容赦ない。しまいには、
「次は少々痛みますぞ。」とか言う。
江戸か!