アーカイブ ‘ 2006年 3月5日

浜松はせまいが日本もせまい

エリアソン展を閉館のぎりぎりまで粘って、いっそ最後の客になろうという勢いでミュージアムショップをうろうろしていたら、浜松英語村のメンバとそっくりの外国人女性を発見。うーん、似ている。ついつい、ちらちらと見てしまう。声も似ている気がする。。。まさか本人?いや、浜松で会うならともかく、ここは大都会東京だ。ありえない。。。

“Wow!! Kohei!!??”

本人でした。一緒に夕食しました。その後彼女は新幹線で帰り、僕は深夜特急で帰りました。ちゃんちゃん。

オラファー・エリアソン展

原美術館(サイト見づらい)@品川へ。今日までというのに駆け込み。
光の特性を巧みに利用したシンプルで強力な作品の数々は確かに僕の好みにはぴったりで、駆け込んだ甲斐があった。

去年の今頃は、生まれて初めての一人暮らしを目前に、インテリア雑誌とインテリアショップを片っ端からインプットしていた頃だ。部屋の雰囲気はまず照明(あるいは窓の使い方)で決まる。光源こそが指揮者で、家具や家電の色合いをどう工夫してもその指揮棒の範囲を超えることはない。
しかしここに、ミラーやプリズムといった光学特性を持つ素材を導入することを考えると、それらはソリストのように振舞う。その強烈な個性は時に部屋全体の調和をかく乱させるまでの力を持っている。そしてもちろん、完全に調和したときには、そこにソリストが加えられる以前には存在し得なかったまったく新しい価値が生み出される。

今日見た作品は例えていうなら、僅か数人の慎ましいソリストと寡黙な指揮者が、完全に調和した音波でコンサートホールを圧倒したような、そんな感じだった。

たとえ話ってあまり好きじゃないんだけど、敢えて書くならこんなかんじだろうか。R君。

「ここでキスして」

シベリア少女鉄道を初めて観劇。subjはただの劇タイトルであって釣った訳じゃありませんよ?
で、感想。10段階評価で、役者4/シナリオ6/美術7/テクノロジ10 くらい、かな。笑ったには笑った。「なにやら新しいものを見た」というのもある。
この規模でやる劇団なら役者はもうすこし上手でも良いんじゃまいかと思ったのと、シナリオも一見工夫されているようでいてまとまりがなくて、終演後の爽快感みたいなものが一切感じられない。
いつもと比べてどうだったのかな。このままでは、多分この劇団をもう一度見ることはないと思う。

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