Magic Meets Arts

奇術愛好会発表会ご来場の皆様、どうも有難うございました。
こちらが意図したとおりのシナリオはたぶん伝わっていないのですが、「伝わらないなら単純化する」という提案に対し、今年は頑なに抵抗してみました。飽くまでマジックショーを見に来ているお客さんに対して、幕間(まくあい)の演出が観客に与えることの出来る情報量はとても限られていて、だからといってその中で伝えられることしかやらないというのはお互いに面白くない。伝わらない部分を隠し持つことで、深みが生まれる。詩や俳句に似ていますね。丁寧に切り抜いた言葉の断片で、その背後の大きな物語の気配だけを伝えようとするのです。読み手は勝手にそれを自分の知識と重ねて拡大解釈する。それでいい。

と、いいつつ、有名な俳句には必ず解説が付随しているのと同様に、いちおう企画側の意図した、わかりそうでわからないに違いないシナリオの解説をここでこっそり公開してしまいましょう。演出チーム内で共有されていたあらすじを僕が独自に膨らませて読み物に仕上げたものです。
ともかく、こんなバックストーリィ。


今日は18:30までに用意を済ませるように― 「館長」は、今朝そういい残して美術館を出てきた。特別に用意したチケットと、特別に用意した封筒。時計を見る。あと10秒。正確無比のタイミングで、封筒を飛ばした。あとはすべて、予定したとおりに歯車が回る。封筒の行き着く先を見送ることもせず、彼は美術館へ戻った。

「少女」がいつものように赤い風船を持って草むらを散歩していると、白い封筒が目に付いた。周りの風景に溶け込まない、奇妙な雰囲気。ヘタなハメコミ合成の写真を見たときに感じる違和感と似ている。中身を開けてみると、チケットのようなものが一枚入っていた。誰かの落し物かしら?きょろきょろとあたりを見回すと、そこには美術館があった。
「あの美術館においでってことね?」
物分りの良い少女は、美術館へ向かう。ちょうど目の前で、closeの札がopenに変わるところだった。なんだか自分のためだけにopenされたような気がして、少女はわくわくした。
入るとまず小さな部屋があり、いくつかの絵が飾られていた。「初めまして」少女は小さな声で挨拶した。絵は何も答えなかったけれど、少女は気にしなかった。部屋の奥にもう一つ扉。そっと開けてみる。。。
中は大きな部屋だった。通路の先に短い登り階段。その上には絵が幾つか並んでいて、コートを着た男がこっちを向いて待っている。絵の中には人が描かれていて、コートの男は絵ではない本物だったけれど、少女にとってはどちらも同じだった。ただ、自分が持ってきた風船が男の手によって絵の向こう側に行ってしまったことには少なからず驚いたし、このヒトはなんかちょっと違う、と思ったりもした。

(ここから先しばらくは、皆様がご覧になったとおりの、少女と絵の不思議な出来事の数々。エンディングから解説を再開しましょう。)

いくつかの部屋をめぐって、次にたどり着いた部屋で、少女は再び、コートの男と再会した。最初に会ったとき本当は感じていたかも知れない小さな違和感を、このときははっきりと感じた。草むらで白い封筒を見たときと同じ違和感。このヒトは、今一緒に遊んできた絵の中のヒトたちとは違う。。。
館長は、自分を見る少女の目がほんの少し困惑に染まっているのをひそかに見抜いた。もちろん、彼の計画通りだった。一瞬の迷いがあったが、一度自分で決めたことに対して彼は従順だった。少女を目の前にして、彼はだまって片手を上げた。滑らかに幕が上がり、そこには、イーゼルとスケッチブック。館長はこのときも、少女を見届けずにその場を去った。見なくても、何が起きるかはわかっている。彼は、この館のあるじなのだから。
少女は、自分にチケットを送ったのがこのコートの男であることも、男とチケットに共通する変な違和感のことも、既にほとんど理解していた。だから、幕の向こうにスケッチブックが見えたとき、そこに何が描かれているかもなんとなくわかった。思ったとおり、それは、この美術館の前で風船を持って立っている自分自身の絵だった。

ついさっきまで一緒に遊んだみんなのことが走馬灯のように頭をめぐった。どれだけ時間が経っていたのか、少女にはわからない。時間の流れ、ということを、今日の今日まで考えたことがなかった。でも、いま、少女にはそれがわかる。
そして、いま、出口が見える。この世界からの、出口。行きたい。いま、行かないと。
少女はゆっくりと歩き出した。あまり考えるとなんだか悲しくなってしまいそうで、迷ってしまいそうで、じっとこらえて静かに歩いた。でも途中で、耐えられなくなって振り返った。みんながこっちをみていた。
少女とみんなを隔てる世界の幕がゆっくりと閉まる。少女はじっと動かずに見ていた。館長が、見送っていた。

少女は扉を出た。その先のことは、館長も知らない。

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