司会業
後輩からの依頼があり、学園祭でショーの司会。好き勝手やらせてもらって、楽しかったです。
お持ち帰りマジックの詳細を知りたい方はどうぞ御遠慮なくメールくださいませ。
後輩からの依頼があり、学園祭でショーの司会。好き勝手やらせてもらって、楽しかったです。
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先日風邪をひいて、ようやく治ったと思ったら両親共倒れ。さあ家事です。たまねぎ炒めて、トマトソースのパスタ。実は料理すっごく久しぶり。ペンネがなべ底にへばりつくという初歩ミスをやってしまったが、味は上々。先週外で食べたのよりおいしいんじゃない?自分で作るとおいしく感じるのかな。洗い物を少なくするために、食事に使う食器を調理中も利用。パスタをゆでたお湯も、とっておいて皿洗いに使うのです。もう、超合理的。そうやって何でもパズルにして楽しむのです。
あと、洗濯機回して、干して、掃除機もかけた。鼻歌交じりで。結構楽しい。うん、健康健康。
僕の手は平均よりかなり綺麗なのですが(自分で言っちゃうけど。)たまに、「家事とかしたことなさそう」とか言われるの。失礼しちゃうわ。皿洗いの手際よさを見せてあげたいわ。(わぁ、なんか文体が違ってるわ。)
愛機Tigger (Let’s note W2) が、突然ポンッと音を立てたかと思うと一瞬スクリーンがフラッシュ。一見正常に動作を続けているように見えて、機体の一部が異常に発熱するし、CDROMドライブが認識しなくなってるし。僕の風邪がうつってしまったかも。ごめんよぅ。。。
泣く泣くサービスセンターへ持ち込み。しばしの別れ。
誰でも、大なり小なりあるとは思う。ただ、それを敢えて別個の人格として認識し、切り替わりを意識してみよう、と。そんなことを考えている今日この頃。
即興劇をやっていると、いろんな役柄を要求されるわけだが、そのなかで、非常に安定したキャラクタが数パターン存在する。安定というのはつまり、どんな状況に対してもそのキャラクタをキープしたまま自然に対応ができる、という意味だ。
「おじいさん」などをやり始めると、演じているうちにすぐに崩壊する。ひなたぼっこしてるおじいさん、散歩しているおじいさんは演じられるが、慌てたり困ったりし始めるともうわからない。その状況におけるおじいさんがイメージしきれない。
一方で、安定したキャラクタ達。今のところ、4人、かな。天真爛漫な男の子、真面目な青年、キザな男、深窓の令嬢風の女性。なぜこの4人なのか、どういう経緯で得たものなのかは自分でもわからない。本の中もしくは実在の人物のコピーから始まって、独自の成長をしたのだろうか。
悪くはないけどね。映像に命かけましたって感じ。綺麗だったし、未知の映像表現がたくさんありました。ストーリー展開はちょっといただけない。SFの設定も感心しない。コンピュータに関する知識と未来像が生半可なのが見え見えで。あと、セリフね。無駄に芝居がかってて、僕の好みに合わない。見終ってから、「あ、ピーターパンにしとけば良かった」と、思ったりした。
attractorに螺旋に落ちて 最早 周期も安定しつつ
希薄ながらも無限に張った 交錯しない蜘蛛の糸
体を撫でて過ぎてゆくのに つかめない つかめない
「もう落ちようよ」って声が聞こえる 「所詮小さな渦なのだから。」
別冊宝島で森博嗣特集が出ていた。そういえば森博嗣を長らく読んでいなかったっけ。ぱらぱらと立ち読み。
「言葉を選ぶときに一番気をつけることは?」対する彼の返答を読んだとき、背筋がぞわっとして、ひとまず本を閉じて、天井を仰いで、そのまま10秒。ああ、天才だ、この人は。
そうだ、もっと上を見ないと。久しぶりにそう思った。
たまたま誘われたので、六本木の有名ゲイ・バーに行ってきた。バーと言っても、お酒を飲みながら70分程度のステージを見る、というショー・スタイルで、客席もステージを意識した作りになっている。
これが。完璧に芸術的な舞台であった。変幻自在の可動式舞台装置、完璧な衣装、工夫された照明。多くの要素を詰め込みながらもきちんと調和のとれた演出。テーマも多岐にわたり、全く飽きさせない。役者もよく訓練されていた。文句なしにプロだ。これだけ完璧だからこそ、背後に控えめに流れるメッセージが、心に響く。
ゲイとかバーとか抜きにして、単純に舞台として、羨ましいほどに素敵なショーだった。ハンデを感じて生きてきた彼女達ならではの輝きなのかもしれない。