自己紹介
はじめまして!ついさっき、Tiggerと命名されました。なんだか、とらっぽいぞ。とらかな。
昨日、この家に到着しました。まだ、頭の中がからっぽです。Micken兄さんから、すごい勢いでいろんな情報を詰め込んでもらっているところ。。。
明日から、兄さんに代わって、あのカバンの中に入ってあっちこっち連れて行かれるんだ。学校とか、電車の中とか、公園とか、、、張り切ってお手伝いしなきゃ!
というわけで、僕を見かけたときは、よろしく!
はじめまして!ついさっき、Tiggerと命名されました。なんだか、とらっぽいぞ。とらかな。
昨日、この家に到着しました。まだ、頭の中がからっぽです。Micken兄さんから、すごい勢いでいろんな情報を詰め込んでもらっているところ。。。
明日から、兄さんに代わって、あのカバンの中に入ってあっちこっち連れて行かれるんだ。学校とか、電車の中とか、公園とか、、、張り切ってお手伝いしなきゃ!
というわけで、僕を見かけたときは、よろしく!
ほんのちょっぴり、久しぶりの、家族集合。夕食がおいしい。
日陰に駐車されたタクシーの運転手が、窓から身を乗り出して爪を切っていた。
ぱっちん。ぱっちん。
爪切りから飛び出す爪の切れ端が、驚くべき正確さで次々と車内に飛び込んでゆくのに、気付いているのか、いないのか。
今朝見た夢はすごかった。
なんらかの指令を与えられた僕らの“チーム”は、ついに敵のアジトを発見し、乗り込む。敵はみんなマシンガンみたいのを持っていて、僕らもなんか武器をもっていた。僕は自分がなにをもっていたのかぜんぜん覚えていないし、撃ったり撃たれたりした感覚もまったく覚えていない。鮮明に覚えているのは、戦闘のさなかにふと小さな会議室のようなところのドアを開けると、そこに仲間の女の子(そう、なぜか女の子だった)がいて、5mくらいの至近距離からマシンガンで撃たれているのに、巧みなうちわさばきで弾丸を全部そらしてしまうシーン。夏祭りで配るような普通のうちわをひらりひらりと操っている。それを見ながら、さすが、卓球の達人だ、などと半ば当たり前のように納得する僕。
まず間違いなく、マトリックスの影響はあると思う。そこに、卓球とうちわがどこから紛れ込んだのか、心当たりがない。
ひとしきりの戦闘シーンの後、無事敵のアジトを征圧したところで、敵のボスから無線通話が入る。「見事な戦いぶりだった。気付いたと思うが、そのアジトは、ダミーだ。」聞いたばかりの衝撃の事実を、仲間にも聞こえるように電話口へ繰り返す。と、その瞬間、唇と喉を動かすのに重みを感じる。奇妙な感覚の正体を薄々自覚しながら、意識してあごに力を入れ、そっと声を出した。
「ダミーだって?」小さくつぶやきながら、布団の中で目が覚めた。
たまたま時間割の中でふと目に付いた講義を、何も知らずに取っていたのである。CGの講義で、英語を聞き取るのに精一杯でおっしゃることの大半は理解できなかったのだが。。。今日が最後の講義で、「球の裏返し方」の話だった。
ぴくん。
その後、さらにこだわりの人が出てくる。1980年代に入って、バーナード・モーリンという数学者がこの球の裏返しの過程を視覚化する方法を提案したのである。
そして、米国のコンピュータ学者、ネルソン・マックスたちは、このモーリンの方法に基づいた裏返しの過程をついにCGアニメーションとして完成させた。
今日は、いい日だ。
ぶらりと立ち寄ったにしてはラッキィな博物館だった。機械式蓄音機の生音を聞けるなんて。わくわくしている自分を感じる。プツプツと騒ぐノイズが心地よい。なんだろう、当時、初めてこれを聞いた人たちの驚きみたいなものが想像できる。
CDってさ、クリア過ぎるんだよね。なんて、言ってみたくなったり。
昨夜の夜行電車で金沢に来ている。一人旅が趣味だという中学時代の同級生に計画を全部お任せ。
年に一度のお祭りの日らしい。前田利家の参勤交代を模した、2時間にわたるパレードが催される。はしごの芸や獅子舞といった伝統芸能に始まって、どこにでもある小中高吹奏楽部パレード、続いて、主に寺院が中心となって編成された参勤交代行列。パンフレットを見る限りはきわめて壮大なイベントに見えるのだが、ところがどうして。観客の少ないこと、熱気の少ないこと。
そもそも、観客とパフォーマーの人数比率が1対1という時点で多少の無理があるとは思うが、観客動員数というものはあとからついてくるものであるから、まずは我慢して良いパフォーマンスを作り上げねばならない。
すっごい久しぶりに、ハチ公前に挑戦。なんか。。。調子が。。。狂っている。。。
出来てたことが出来なくなるのはすごくキモチワルイ。一念奮起。
指先で何かを触ると、感覚神経から電気が流れ、長い長い神経細胞を伝ってその刺激は脳に伝達される。今度は脳から、体中の筋肉へ向けて電気が発せられ、それに反応して体は動く。信号としての微弱な電流。そんな仕組みを知らなくたって、それはそれまでのこと。
体のどこかに、電気を貯める器官があるのだ。コンデンサ。じわじわと蓄積されたり、いつのまにか自然放電されたり。どれくらい貯まっているのかって、自分では気付かない。
スイッチは、視覚情報だった。思いがけない映像が目に飛び込んできて、それは脳内でパターンマッチ処理され、リレー回路を起動した。重たいスイッチのロックが、軽やかにはずれた。
「え?」
目が合った。微弱な入力信号は大電流に増幅されて体中に走った。ヒューズが飛びそうな。ブレーカーが落ちそうな。手足がしびれるのを確かに感じた。あらゆる入出力信号はワイプアウトされて、体は硬直した。目に入った映像だけが、脳内をぐるぐると巡った。まだ、映像と認識されていなかった。
3秒遅れて、自分に何がおきてるか、分析が始まった。理性がしきりに誤認識を訴えた。一方で、既に処理を終えたパターンマッチが正確であったことを、無意識が保証していた。理性は、データを求めて視線を動かした。首を回し、瞬間的にピントを合わせた。もう、後姿しか見えなかった。
昨日と今日が、学園祭。サークルという枠ではとっくにOBなのですが、一人で屋外ライブ。
だって、楽しいんだもの。その日初めて僕と出会った、何十人という観客が、僕を見て笑ったり驚いたり喜んだりしてくれるんだ。